Kyosuke Tsujimoto

丁寧に暮らす

TSUJIMOTO FAMILY GROUPは7周年を迎える事ができました。

今年の4月に創作共同体辻本家族からTSUJIMOTO FAMILY GROUPへと名称を変え、福岡から全国へ、そして世界へとエンターテインメントコンテンツを創出する事を要として考えて展開を続けているクリエイティブ集団「TSUJIMOTO FAMILY GROUP」が7周年を迎える事ができました。協力頂いている関係各所の皆様、そして応援して頂いているリスナー・ファンの皆様、改めて御礼申し上げます。

公式サイトは近々改修作業が始まりますので、一旦辻本恭介個人サイトにてご挨拶をさせて頂きます。──7周年。響きを聞くだけでは実感の湧かない事だなと思っております。でも確かに7年前の2018年にTSUJIMOTO FAMILY GROUPの前身団体であるスタジオ辻本は産声をあげました。

自主レーベルを起点にした組織だった

当時は盆地レコーズという小さな自主レーベルを辻本は運営しておりました。規模も限りなくミニマムで、小さな音楽制作チームでした。当時はポッドキャストという存在もあやふやな状態で、ただ黙々と「盆地」から音楽を届けていました。

風向きが変わったのは主宰辻本がポッドキャストという存在に気付いた時でした。

コテンラジオとの出会い

当時ポッドキャストは恐ろしいぐらい速いスピードで展開していました。特に福岡という街では凄まじいスピードで展開されていたのを朧げに覚えています。今ではお馴染みのコテンラジオの樋口さんと出会い、いいかねPaletteで会う事ができてそこで話したときにふとこんな事を言われました。

「池ちゃんも何かポッドキャスト始めたらいいやん」

私辻本はローカルの身内では池ちゃんと呼ばれておりまして、当時樋口さんからそんな事を言われました。ポッドキャスト?私が始めるの?お喋り苦手だし、何をネタにすればいいかも分からないよ。

当時は鳴かず飛ばずの盆地レコーズを抱えていただけの田舎大学生。何も思いつかなかった事を覚えていますが、そこでふと当時趣味で書いていた小説の存在を思い出しました。それが、後に処女作として少しばかり注目を集めた「私が愛した人は秘密に満ちていました。」でした。

それを朗読すればいける。でも、私自身が朗読するのは気が引ける。そんな気持ちが揺らいだ状況に助け船が出ました。そう、大学の先輩です。私は2018年にスタジオ辻本を立ち上げますが、そこから物語の完成を急ぎました。先輩とも急ぎ打ち合わせをして、どうなるかは分からない。どんな反応を貰えるかも分からない中、見切り発車でポッドキャスト版「私が愛した人は秘密に満ちていました。」の初版を2021年に公開しました。

最初は全然聞かれなかった

WEBブラウザでアナリティクスを見ても数字は思うように伸びませんでした。今振り返れば当たり前です。無名の作家が原作のポッドキャストなんて、誰も聴きません。作品のレビューもなく、どんな作品かもよく分からない。当然数字は伸びませんでした。数字がすべてじゃないとは言われますが、やはり台本化→レコーディング→編集→投稿というまぁまぁ面倒な作業をやっていたので、少しぐらい聞かれてもええやん!と内心燻ぶっていました。

プロジェクトは途中で頓挫。でもそこからリスナーが増加

これは未だに謎です。勝手に師匠と思っているコテンラジオの樋口さんにも聞きましたが、分からなかったんですが、先輩が卒業すると同時にポッドキャストプロジェクトは頓挫しました。仕事は忙しいですからね。ポッドキャストへ割く時間が取れなくなり、物語前半でプロジェクトは中止となりました。

ですが、そこから不思議な事が起こるのです。再生回数が急激に増え始めたのです。更新を辞めて1年後ぐらいに気付きました。帰宅途中のバスの中で本当に何気ない気持ちでダッシュボードを開いたら数回しか再生されていなかったはずのコンテンツが何故か9000回ほど再生されていました。しかも、その当時の直近もしっかり再生されていたのです。

この件については樋口さんにも聞きましたが、なぜここまでコンテンツが成長できたかは謎との事でした。日本一のポッドキャスター樋口さんが言うのだから間違いないと思います。

リスナーがいるならバトンを繋げないと

私はビックリして、ビックリし過ぎて知り合いのレコーディングエンジニアに連絡しました。連絡してスタジオに遊びに行ったのです。そこで、話を聞いて貰い思いのほか事の重大さが伝わったのか、そのレコーディングエンジニアが声優事務所に連絡をしようと言い始めます。そこで繋がった声優事務所さんと共にスタジオ辻本を正式に旗揚げする事となりました。

目指すは福岡から全国へ

夢は大きい方が面白いと私は思っています。夢が叶わなくても飲み会で笑い話になるし、叶えばそれはそれで注目されるからです。だからスタジオ辻本を旗揚げした時にスタッフに伝えました。「福岡から全国へ知名度を上げよう」と言いました。

その一言がどのぐらいの影響を及ぼしたかは私には分かりませんが、レコーディングを重ねる度にスタッフの士気は高まっていったように私は記憶しています。

”日本一”になれた瞬間

そして、ポッドキャスト「私が愛した人は秘密に満ちていました。」は国内SF部門で一位を獲得する事ができました。当時丁度レコーディング中で、一位になったのをスタッフ皆で見届けて歓喜の声が上がったのを覚えています。

2022年に声優さんとの契約を結んで1年かけてポッドキャストの収録を行いました。諸事情で現在連載を休んでおりますが、近々復帰予定なので、たまに「私が愛した人は秘密に満ちていました。」に遊びに来てください。

Podcast Lab. Fukuoka 1期生となる

この辺りから辻本の存在に気付かれて、追ってくれている人が増えているような気がしておりますが、2024年にTSUJIMOTO FAMILY GROUPは先ほどから何度かお話に出てきている樋口さんがアドバイザーを務めるプロジェクト、Podcast Lab. Fukuokaの1期生として参加する事になりました。

そこで福岡のテレビ局・ラジオ局であるRKB毎日放送さんとタッグを組み、創作共同体辻本家族を経てTSUJIMOTO FAMILY GROUPへと進化していきました。そして、TSUJIMOTO FAMILY GROUPと更なる冒険を一緒にして頂くクリエイターを七名お呼びして、弊団体は私を含めて八名でお送りしていきます。詳しい情報につきましては、また後日公式サイトがリニューアルしてからご紹介いたします。

以上、ここまでが弊団体──TSUJIMOTO FAMILY GROUPが歩んだ七年間です。長かったようで、あっという間の七年間でした。今参加してくれているメンバーと共に末永く辻本作品をお送りできればと思います。

これからも、ご応援の程何卒よろしくお願い申し上げます。以上、辻本恭介でした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です